恋の話でも、しましょうか。 [おもいの輪郭]
松江にある、お気に入りのパン屋さんで、この日もランチをいただいた。
そして、あの子の話を、お店の奥さんに、初めてしてみた・・・。
あれはボクがSE2年目の頃。
楽しいけれど全然ダメで、とにかくガムシャラに仕事をしていた。
仕事場のすぐ近くに、複合施設ができた。
昔の銀行の建物を利用して、いくつかのお店が入っていて、
そのパン屋さんも、そのうちの一つだった。
基本的に母親にお弁当を作ってもらっていたけれど、
時にないときもあった。
その際、偶然に見つけたそのパン屋さんには、
若い店主とその奥さん、そして若い女の子が働いていた。
ボクは初めて買った時のビニール袋を、マイバッグにして買いに行ったから、
まだマイバッグが珍しいあの頃だから、すぐに顔を覚えてもらった。
3人ともボクにとても親しく接してくれていたけれど、
若い女の子は、特にボクの話を、屈託のない笑顔で楽しそうに聞いてくれた。
今になって思えば、会話ではなく一方的なボクの話だったけれど、
それでも彼女は、ボクの話にいつも興味を持ってくれて、楽しそうだった。
仕事は相変わらず、うまくいく日もあれば、いかない日もあって。
落ち込んだ日は、ちょっと早めに仕事場を引き上げて、このパン屋さんに向かっていた。
18時過ぎになると、観光客もほとんどいなくなって、
パン屋さんも、もうすぐ店じまいなこともあって、
ボクの情けない愚痴も聞いてくれて、いつも元気づけてくれた。
もちろん、彼女もそうだった。
「いいですよね、宍道湖。
いつも宍道湖を見て通勤されているんですよね。うらやましいなぁ・・・。
私、いつか宍道湖の周りを走ってみたいんですよ!」
彼女はそう言って、にっこりと笑った。
そんな元気あるの? と、ボクが答えると、
力こぶを見せて、できますよー、って答えてくれた。
そんなこんなで1年近く過ぎて、
ボクは4月から、広島に転勤になることになった。
しばらくはお店に来れなくなるから、
できるだけ買いに行きますからね、と伝えると、
大歓迎ですよ! と言ってもらった。
それから間もないある日のお昼時。
その日は初春の暖かい快晴の日だった。
お気に入りのミックスサンドを買って、
施設内の広場のベンチで食べていると、
「はらさん、お水をどうぞ。」
(「はらぼー」だけに、みなさんもうお分かりだと思いますから、もう書いちゃいました。)
彼女はボクのほうへやって来て、小さな紙コップにお水を入れて持ってきてくれた。
それから数分、彼女とあれこれ話した。
そして、彼女はこうボクにつぶやいた。
「寂しいなぁ、はらさんが来なくなると、私・・・。」
その時は、ボクはこの言葉の本当の意味を、全く理解できていなかった。
ただのお客さんの一人として、彼女はボクにそう言っただけだと思っていた。
そして、松江勤務の最終日がやってきた。
ボクは当然、ランチはここのパン屋さんと決めていて、
母親に弁当は要らない、と言ってきた。
「はらさん、これ。お家に帰ったら読んでください。」
彼女はボクに、小さな白い封筒を手渡してくれた。
その時の彼女は、今までになく、なんだかとても、恥ずかしそうな顔をしていた。
でも、一生懸命に出していた、彼女の最後のサインだったのに、
相変わらずなボクは、それさえ気づくことさえできなかった。
多分、その時のボクは、気になっていた人が別にいたから、気がつかなかったんだ。
それも、今だからそう思えるんだけれど。
ボクはその夜も、その封筒の封を開けることをしないまま、
そのまま広島に引っ越していった。
無神経なボクだけれど、なぜかその白い封筒は、荷物の中に入れていた。
新しい職場、新しい住処に慣れることにバタバタで、
ようやく落ち着いた引っ越し2週間後の、夕飯を済ませた20時半過ぎ。
ボクはふと、彼女からもらった、あの白い封筒を思い出した。
封を開けると、一枚の便箋と、手作りのネックレスが入っていた。
「はらさんのことが、好きでした。」
口を半開きにして、深くため息をついて、ボクは目を閉じた。
なんてどうしようもないヤツなんだと、ボクは頭を抱えた。
1年間の彼女とのやり取りが、一気に頭の中を駆け巡った。
あれもこれも、あの声もあの笑顔も、ボクだけにくれたものだったんだ。
あぁ・・・なんてボクはこんなにバカで、なんでこんなに無神経で、
なんでそんなことさえ気づかないんだ、ボクはもう・・・
・・・なんてことをしてしまったんだ・・・もう、本当に、
なんでこんなにボクは、どうしようもないバカなんだろう。
ボクは、1DKの一人きりの部屋で、ワァーっと声をあげた。
路面電車の走る音が響く、広島のとある日の夜、
こうやって、どこにでもありそうな、
ボクへの淡い、恋愛にまで至らなかった、切ない片想いは、終わった。
ボクは奥さんに、思い切って彼女とのことを告白した。
そうだったんですか?! と、奥さんはとても驚いていた。
「でもそういえば、はらさんが来るときは、かなちゃん、いつも嬉しそうでしたよ。」
そうか・・・「かな」っていう名前の子だったんだ。
名前さえあの時は、聞いていなかった。
こんなとこからも、ボクの恋愛音痴が、よく分かるだろう。
なんでも彼女は名古屋の子で、
松江にいる友達を頼って、しばらくの間ここのパン屋さんで働いていたのだそうだ。
そして、あのネックレス。
彼女はアクセサリーを手作りするのが大好きだったそうだ。
ボクが来なくなってしばらく経って、彼女は名古屋に帰ってしまったらしいけど、
時々松江に遊びに来た際には、いつもこのパン屋さんに顔を出していたらしい。
そして、その際はいつも、こう尋ねていたらしい。
「はらさん、お元気にされていますか?」
もう、苦笑いするしかなかった。
そんなに思ってくれる人に、何もできなかったボクに対しての、苦笑いだ。
最近は全然来なくなって、連絡もないらしい。
もし彼女がお店に来た時には、ボクの連絡先を教えてあげてください、と
一旦口にしたのだけれど、
やっぱりやめます、と言い直した。
なぜなら、あの頃のボクは、仕事に燃えてキラキラ輝いていた30歳で、
それが彼女の好きなボクだったから。
「お互い、知らないままのほうが、いいこともありますからね。」
微笑んで、奥さんはそう言った。
そうだな。そうだよな。
またもやボクは苦笑いして、頷いた。
このイートインスペースが、このお店にできたこと以外、
お店も店主も奥さんも、ミックスサンドの味も、ここから見える広場も、あの頃と何も変わらない。
ボクも何一つ変わっちゃいない。
ただ彼女がいないだけ。
彼女の笑顔が、もう見られないだけ。
今はただ、彼女が幸せでありますように。
それと、ボクも元気です、と言えるようにしよう。
そう思いながら、次の目的地に向かって、お店を後にした。
切ないけどいい話しですね。
私も失恋や淡い恋の経験ありますが、こんな恋も素敵です。
はらぼーさんも素敵な恋を見つけて下さいね!
by はむちゃん (2015-06-07 21:24)
いい話ですね。
わたしも若かった頃のことを思い出しました。けっしてもてなかったので、あの挑戦の日々を。
by ハマコウ (2015-06-07 21:51)
はらぼーさん こんばんは
切ないすれ違いが現実にあるのですね。少し違った道にも進んでいたのかもしれないのですね。人生を感じました。
by SORI (2015-06-07 23:52)
「はむちゃん」さん、ご訪問ありがとうございました!!
恋愛経験がこの歳になってまだまだ少ないボクですが、
まだまだこれから。諦めませんよ(^^)
by はらぼー (2015-06-08 07:12)
「ハマコウ」さん、おはようございます。
ボクは今まで、あまりにも恋愛に無関心で、
あまりにも無知だったと思います。
自分のことで精いっぱいだったので・・・。
ボクも全然モテない男なのです。
恋愛が一番楽しい時代を、ボクは逃してしまいましたが、
遅くない、これから頑張るぞ、と思っています(^^)
by はらぼー (2015-06-08 07:36)
「SORI」さん、おはようございます。
そうなんです。こんなドラマが、自分にも起こるんだなって、
この時は、今でも本当にそう思います。
今考えると、あの時うまくいっていれば、
今頃ボクの人生は、また違うんじゃないのかな、って思います。
人生は、不思議なものですね。
それでも、多少は後悔したとしても、
今をよりよい方向に進んでいると信じて、
ボクは前に進んでいます。
by はらぼー (2015-06-08 08:02)