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ノンフィクション・ショートショート 同じで違って、僕等はきっと、うまくいく ~ 阪神甲子園駅(兵庫県西宮市) [街小説]

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日曜朝の六甲ライナーには、結構人が乗ってくる。
確かに僕が学生時代だった頃は、あんまり人が乗っていなくて、
「成り立っていけるのか?」って思っていたのだけれど、
今はしっかりとベッドタウンになっているので、
ポートライナーと同じように、なんとかやれているようだ。

そして今日の最初の目的地は、阪神甲子園駅。
ここには、SE時代の年下の先輩が住んでいる。
SEを辞めてから初めて逢うので、彼ももう、4年振りになってしまうんだな・・・。

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阪神電車へ乗るために、魚崎駅で下車。
鈍行電車の車掌さんに訊いて、次の直通特急を待つことにする。

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少し、いやかなり遅れるかな・・・謝りのメールを打って、特急に乗り込んだ。

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9時20分に、甲子園駅に到着した。
そういえば、どの出口のどこで待ち合わせなのかを、詰めていなかった。
改めて到着したというメールを入れると、
ダイエー前で待っているとの返信があり、少し慌てて、
でもまた息は整えて、横断歩道を渡った。
その向こうに、見覚えのある、細身の姿が見て取れた。


坂崎さんは39歳。
専門学校卒業後にSEとなり、今ではキャリア19年。
僕の直属の上司として、広島でお世話になった人だ。

「あれ? ちょっとまた痩せてません?」

「やっぱりそうですか・・・ちょっとこの前、甲状腺のほうが・・・。」

彼は基本的に、仕事をテキパキと元気にこなす人なのだが、
僕とは違って、とても物静かで大人しい。
そしてどうも、昔から身体のあちこちに異変が生じてしまうタイプの人のようで。

今回もまた、命には問題ないみたいなのだが、
どうも甲状腺やら、その検査で高血圧寸前だということも判明したとか。
これはもう、体質としか言いようがない、難しいところの話になってしまう。

とりもなおさず、まずは無料時間帯内に駐車場から車を出さないと。
少し早歩きで、ダイエーの屋上駐車場に二人は向かった。


僕が会社を辞めてすぐに、
広島のメンバーは全員大阪・梅田への転勤が決まり、
通勤の便利な甲子園に、住まいを決めたそうだ。

所有していた車、スバルのフォレスターは、その際に持ってきたそうで、
今日はそれに乗せてもらって、景色のいいところでランチをいただく予定になっている。

「おぉ・・・これですか。」

彼の白いフォレスターを、実は今回初めて見るのだ。
元々プライベートを簡単には明かさない、自分のテリトリーを大事にする人。
いくら昼食の話題には出たとしても、
彼に無理言ってまで、僕はそれを見に行こうなんてことは絶対にしなかった。
それが今回、僕が逢いましょうと連絡したところ、
車を出しますよ、って言ってもらえたのだから、正直びっくりしたくらいだ。

内装もちょこちょこと革張りだったりメタル仕様だったり、
どうも普通と違うな・・・と思っていたら

「これ、街中で一目惚れして、なんとか見つけた特別仕様なんですよ。」

やっぱりそうだったか。
納得がいった僕は「どうりで」と笑い、彼も笑った。

「アクセラの調子はどうですか? 何年目でしたっけ?」

「もうすぐ5年経って、そろそろ車検ですよ。
 オイル交換やらATF交換やらちゃんとやってるおかげで、走りは新車同然で、好調ですよ。
 見た目以外はね。」

この前乗り上げてぶっ壊した、サイドアンダースポイラーの話もして、
見た目はボロボロなことを話すと、彼はまた笑顔を僕に返した。

「でも、アクセラはあの年式が、一番カッコいいですよね。」

「そうそう、なんかあのお尻がガンダムみたいなロボチックで、丸っこくなり過ぎてなくて・・・
 最新のはつるんとし過ぎてて、どうも苦手なんですよね・・・。」

「お尻って大事ですよね・・・あれ、なんか趣味似てません?」

そう。人間性は全く異なる二人だけれど、
何故か話はウマが合う。
彼は僕のツボを見事に突いてくるし、
僕は彼の、他の人には決して入り込めない狭いストライクゾーンを、
ギリギリで攻めることができる。

「アクセラ、赤じゃないんですか? 最近のCMみたいな・・・。」

「あぁ・・・やっぱりそう思えます? 昨日も『お前、絶対車赤だろ』って言われました。」

どうも僕は赤っぽいらしい。
何気にヤンチャさが出てしまってるのかな・・・。

その後も、マツダのデザインは秀逸だとか、
走りを楽しむならやっぱりスバルで、でもやっぱり高いとか、
彼は本当はAudiに乗りたいだとか、
僕はあのライオンのエンブレムのメーカーが、車体のデザインが好きだとか・・・
・・・本当に彼がこんなに喋るのってくらいに、車談義が尽きなかった。


彼の住む西宮は、阪神沿線であっても、治安のいい住宅街。
そこから山側の阪急沿線・夙川方面に向かえば、より一層高級感が漂ってくる。
ランチを予定しているお店の開店時間までには、まだ十分余裕があるので、
僕等は一旦、ファミリーマートで飲み物を買うことにした。

彼がプレミアムコーヒーを淹れている間に、僕は一服。
そしてしばらく、コンビニ前での立ち話をして、またフォレスターに乗り込んだ。

また忘れるところだった。
坂崎さんちにも、娘さんが一人いる。
お土産にリラックマのぬいぐるみと、ピンクのしまねっこのコップ、
そしておなじみ生姜糖を、事前に入れ直していたボストンバッグから取り出した。
当然「いいんですか?」と返ってきたので、
「もちろん」と僕は笑顔で返した。


さて、彼も初めて行くお店に向かうことにしよう。
山道をクネクネ、次々とやってくる細い道をゆっくり曲がって、
ようやくその、とにかく見つけにくいお店の看板が目に入ってきた。

まだ10時25分。
開店の11時まで、駐車場で待つことにした。

「景色がいいって聞いてたんですけど、木々ばっかりで、なんにも見えませんね。」

確かに駐車場から見ると、青々としてうっそうとした、森のような木々しか見えない。

僕等は思いの外、強い風に吹かれていた。
山手だという理由もあるだろう。半袖では少し、肌寒いくらいだ。
そして僕はポツポツと、彼の知らない東京での僕の苦労と、SEを辞めた本当の理由を、
同じ会社だった人に、言葉を慎重に選びながら、初めて話し始めた。

学歴だけは立派だけれど、
仕事も人間性も全然ダメな人を直属の部下にされた時の苦労。
何もおかしな対応をしていなかったのに、
目に見えて僕を無視をしやがった部下に困り果てたこと。
どいつもこいつも役立たずで、僕より先に辞めていったのだけれど。

そしてうつ病になる寸前の、社長や上司からの傷ついた言葉や無理な要求。

同じ会社に所属していても、みんな各地に散らばっていて、
いつの間にか入って、いつの間にか辞めていった人もいる。
社員旅行で年に1度しか会わないって人も、普通にいたりする。
だから「その人がそんなことするんですか」って、そんな反応を彼もしてしまう。

そんなこんなを、彼は黙って頷いて、聞いてくれた。
多分彼だから、僕は本心を話せたのかも知れない。
もしかしたら、僕と同じく、繊細な心を持っているから、受け入れてくれたのかも知れないし、
きっと受け入れてくれるだろうと思ったから、僕も話せたのだろう。
車の中ではできない、コンビニの前でもできない話は、
静寂の中、風にざわめく木々の音だけが聞こえるこの場所だからこそ、できたのだろう。


お店の方に声を掛けられ、お店に入った。
せっかくだからと、バルコニーの席に通してもらって、
お店自慢のローストビーフセットを、二人ともいただくことにした。
彼は100g、僕は140g。

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バルコニーに出て、このお店の評判がいいことが、初めて分かった。
さっきまで何にも見えなかった森の奥から、
西宮から大阪方面を見下ろす景色がパーッと広がった。
少しもやがかかっていたけれど、時間と共にクリアになっていった。
もちろん、もやが吹き飛ぶくらいの強風に、僕等もさらされたのだけれど。

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お・・・140gでも結構なボリュームだった。
もしかして100gでも十分だったかも・・・。

いつもは早食いの僕も、
彼との食事はいつもゆったりと楽しんでいる。
これが本来するべき食事の形だ。
実家みたいに、誰かの逆鱗に触れる恐怖をいつも感じながらの食事なんて、したくない。

そして会話もあれこれと弾んだ。
あの人は今どうしているかとか、あの人って実はこうなんですとか。
広島で髪を切ってもらっていた弟さんが独立したとかも。
もちろん僕は、彼の病気のことをとても心配した。
きっと身体にストレスが出てしまう人なのだろうと。
無理しないでくださいね、そう言うと、
痩せてはいるが血色のいい彼は「ええ、もちろん」と答えてくれた。


楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。
分刻みの僕のスケジュールでは、もうギリギリの時間になってしまった。
坂崎さんは、まだ僕が大学生時代にはなかった、JRさくら夙川駅に、僕を送ってくれた。

「島根に帰ったら、遠慮なく連絡くださいね。またビリヤードでもしましょうよ。」

トランクから荷物を取り出した僕は、最後にこう言って、彼は静かに微笑んで頷いた。
言葉少ない彼だけれど、その表情や些細な動作で、僕は大体分かってしまう。
だからきっと、また逢うことができるはずだと思えて、
清々しい笑顔で別れることができたんだ。

後日、娘さんがリラックマを抱いて笑っている画像が送られてきた。
「ありがとう。大事にするね。」

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5月31日日曜日 13時30分。
もうすぐやってくる、終わりの時間に、僕は怯えだした。
次の目的地への移動中は、小説を読んで、その寂しさをとにかく紛らわそうと必死だった。

残り時間は、あと18時間半。
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コメント 4

takenoko

学生時代、夙川の近くに下宿をしていたのでこの辺りは良く知っています。こんなレストランはありませんでしたけど・・場所は想像できます。
by takenoko (2015-06-25 05:58) 

はらぼー

「takenoko」さん、おはようございます。
そうですか、学生時代は夙川で過ごされたんですね。
それなりに街で、すぐ近くには緑もある落ち着いた場所で、
それでも京都みたいな他を寄せ付けない排除感はなくて、
暮らしやすそうな、いい場所だなって、とても感じました。
by はらぼー (2015-06-25 06:43) 

kou

大学生の頃、あちこちの友達の家を訪ね歩いて現地で遊んだことを思い出しました。
社会人になると、なかなかそういう機会が持ちづらくなってしまいます。
友人と会って話したり食事したりというのは、とてもいいことなのですが。
by kou (2015-06-25 22:17) 

はらぼー

「kou」さん、こんばんは。

社会人になると、みんなが各地に散らばり、
新たな家族を築く人もいて、そうそう会えなくなったり、
転勤で徐々に連絡が取れなくなったりと、
会える機会が、歳を取るごとにどうしても減ってしまいますよね。
みんながそれぞれに、
新たなコミュニティで生きていくのに必死ですから、
それも仕方がないことなのですが・・・。

ボクの場合も、ボクから積極的に連絡を取るようにして、
なんとか繋ぎ止めているような状況です。
しかし、もしボクがまた働きだしたら、
それもそうそうできなくなるんだろうなって、寂しさを感じてます。

電話番号やメールアドレスを交換し合っていても、
いつ途切れるか、今の時代はもう分かりませんし、
せめてFacebookやLINEなどで繋がれたら、
相手や自分の状況が把握しやすいし、
画面上ででも会話はできるので、
なんとか続くかなって、淡い期待もあるんですけどね・・・。
by はらぼー (2015-06-25 22:47) 

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