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ノンフィクション・ショートショート 葛藤と決心 ~ JR住吉駅・六甲ライナーアイランドセンター駅(兵庫県神戸市東灘区) [街小説]

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23時30分。
快速に乗って、JR住吉駅に到着した。
LINEの連絡によれば、先輩は今さっき、大阪・千里の仕事場を出たようだ。
さて、終電に間に合うだろうか・・・。

住吉駅は、思い出のある駅。
1年休学して、ロサンゼルスへの遊学資金を貯めるために、
垂水駅から満員電車に揺られて、毎朝ここまで通い、
工場行きの専用バスに乗って、湯沸器組立の仕事をしていた。
眠い目をこすりながら浴びた眩しい太陽や、
流れ作業で疲れ切った心に滲みた夕日や五月雨。

駅前とはいえ、どこもかしこも閉まっている周辺を、
僕はキャリーバッグを引きずりながら、うろうろと時間を潰していた。

駅ビルの1Fにロッテリアがある。
そういえば、ハーバーランドでバイトしてた時、
バンズが足りないって、ビニール袋にたっぷりと詰め込んで、
急遽ここまで電車に乗って運んだことがあったっけ。
閉店作業をしている店員さんをぼんやりと眺めながら、
電話ボックスの薄明るい光を頼りに、僕は煙草に火をつけた。

薄暗いところに一人男がずっといたら、絶対に怪しまれてしまう。
煙草の火を消して、僕は改札前まで戻り、
壁に寄りかかりながら、小説の残りを読み始めた。

JRの電光掲示板が、0時過ぎの電車の案内を始めた。
どうも電車が遅れているようだ。
先輩から連絡があった電車も、3分遅れ。
これは六甲ライナーの終電と同じ時間になっちゃうぞ。
六甲ライナーの駅員さんからも「JRと関係なく、終電は出てしまいますよ」と言われた。
少しソワソワし始めた僕は、先輩に連絡を取り、
自分の切符だけ買って、乗り込んでおいてとの指示通りにした。

0時26分。
どうもJRと連携を取り、六甲ライナーの終電も遅らせてくれるらしい。
そして先輩が階段から駆け足で上ってきた。
ふぅ・・・これで一安心。


大学の文化活動部での先輩である堺さんは、生粋の神戸生まれ、神戸育ち。
小中学生の塾講師を始めて、もう10年以上になるだろうか。
学生時代にもそこの講師をアルバイトでやっていて、
その後一旦デザイン専門学校で勉強し、そういった系統の会社に入られたのだけれど、
いろいろあって、今の塾講師として再出発した人だ。

堺さんは、中古ではあるが、マンションを購入している。
今回初めて、ここに訪問することになる。

しかし、先輩の顔色があまりにもすぐれない。
いつものパワフルさのない、弱々しい笑顔が、少し気になった。

「お疲れさまです。最近ずっとこんな感じなんですか?」

「うん。今日で9連勤。やっと明日休みなんよ。」

「えぇ!? 身体大丈夫ですか・・・?」

「いや、さすがに結構きてるわ・・・。」

なんでも、今日はホントは休みだったのだけれど、
顧客のクレーム対応で、休日出勤になってしまったのだそうだ。


アイランドセンター駅を降り、
近くのファミリーマートで、堺さんは随分遅めの夕食とビールを、
そして僕は、朝ごはんにも夜食にもできるサンドイッチにおにぎり、ミルクコーヒーを購入。

「わ! オートロックじゃないですか!?
 やっぱり自治会とかあるんですか、こういうトコも。」

「ああ、あるよ。この前も出たもん。」

堺さんの部屋は、リノベーションしたものらしく、あらゆるものが綺麗になっていた。
ただ、散らかり具合が、忙しさを物語っていた。

「煙草はこのベランダでいいんですよね。」

そう言って、僕は深夜1時近くの、
六甲アイランドの夜景、いやマンション群の灯りを見ながら、メンソールに火をつけた。
なんだかホントに、お邪魔しても良かったのかな・・・。

あ、また忘れないうちにお土産を。
お泊りさせていただくので、特別により多めのお土産を。
「うず煮」という、出雲大社の縁起物であるごちそうのレトルトパックと、板わかめ。
そして平田の生姜糖に、出雲の神々グッズ。
いつもは凄く食いついてくれる先輩なんだけど、
どうもノリがいまいちなのも、やっぱり気になった。

50インチ前後はある、新品の特大テレビで、
先輩はテレビを見ながら、僕のお泊りグッズを準備してくれた。

「風呂、先入ってな。タオルはこれ。
 そうそう、みんなに文句言われるから先に言っとくけど、
 これがシャンプーで、これがコンディショナー。で、これがボディソープな。」

お風呂も最小限のものしか置いていない。
確かお風呂とか好きなはずの堺さんの、広いバスタブは使っている形跡が全くない。

2時間近く待って、汗でベトベトになった身体をシャキッと洗い、
普段以上のスピードで、シャワータイムを終わらせた。


お腹がなんとなく空いたので、おにぎりをパクリとしていると、
堺さんがシャワーを浴び終わって出てきた。

深夜1時20分。
競馬番組を見ながら、先輩は缶ビールを開け、ようやくあり付ける夕飯に満足げだ。

「いつも仕事は昼からなんですか?」

「うん。大体毎日、10時頃に家を出て、
 いつもの整体で調子を整えて、それから会社に行くって感じかな。」

保険の効く整体院だそうで、1回500円で20分施術してもらえるそうだ。
でも、その顔色、本当に効いているんだろうか。

なんでも、今通っている校舎の塾長が大きな問題を起こして辞めたそうで、
その後任として、塾長として仕事をしているそうだ。
普通の塾講師じゃ、もうなくなっているんだな。
どうりで責任も大きくなって、仕事の重責も重くなってくるわけだ。

色々な事情を幼い頃から抱えていて、それでも明るく、前だけ向いて生きてきた先輩。
そのポジティブさに、僕はとてもなれないな、でもなりたいなって、憧れていた。
でもそのポジティブさが、どこか違う方向に向かってしまってはいないのだろうか・・・。

「まぁ、今のところが一番遠いところだから、
 ここを乗り越えれば、あとは楽なもんよ。」

どこまでもポジティブだ。
言葉だけはそうだ。ただ語気がやっぱり、弱々しい。

そうやって、ゆるりとだらりと時間は過ぎ、深夜2時を過ぎた。
さすがに僕は、明日、いや今日の朝は早いから、そろそろ寝ないとな。


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朝7時前に僕は目覚めた。
堺さんは一旦目を覚ましたけれど、また眠りについた。

ベランダに出ると、何とも言えない曇り空だ。
晴れになるとは言っていたけれど、折り畳み傘の出番はあるのかな。

サンドイッチを頬張り、薬を飲んで、着替えをして、煙草を吸う。
そうしているうちに、もう出発の時間がやってきた。

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予報通りに晴れてきた。
堺さんはやっぱりぐっすり眠っている。
多分こうなるだろうと思っていたので、手帳を破って置き手紙を残しておいた。

「おはようございます。
 お疲れのようなので、そのまま出発します。
 お忙しいのに泊めていただき、ありがとうございました。
 お身体には、くれぐれも気をつけてくださいね。」

こういう人生もあるのかな。
40を超えると、こういう人生が普通になってしまうのかな。
だけどこれを乗り越えなければ、きっとまともな人生は構築できないのだろう。

僕もこれから、入るかも知れない会社で、
こういった立場に立てば、こうなるのかも知れない。
それならそうで、やってやろうじゃないのさ。
きっと今の自分なら、それができるはずだ。
その頃には、堺さんももうちょっと落ち着いてきて、また島根に遊びに来て欲しいな。
元々生徒のために、正月に太宰府天満宮まで合格願いに行くくらいの熱血教師だもんな。
厳しい状況はまだまだ続くだろうけど、きっと乗り越えてくれるだろうし、
そうであって欲しい。

そうなれば、もっと対等に、お互いの話を理解しながら話ができるようになるんだろうな。
そして、その頃には、お互いにパートナーができていれば、もっと最高なんだけどな。

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「Have a Nice Day」。
きっといい日に、してきますね。
そして先輩も、これからきっと、いい日になりますよ。
湿気を帯びた空気を切り裂いて、よしっと踏ん張って、
もっと軽くなった、黒い革のキャリーバッグを引っ張って、僕は駅へと向かった。

2015年5月31日日曜日 8時15分。
残り時間は、あと24時間弱。
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