SSブログ

ノンフィクション・ショートショート それぞれの覚悟 ~ JR三ノ宮駅東口(兵庫県神戸市中央区) [街小説]

2015-05-30 16.53.42.jpg
18時16分。
待ち合わせ時間を1分オーバーしてしまった。
ただ、ポートライナーからJRへ乗り換える際に、
待ち合わせ場所の東口は確認済みだから、これ以上待たせることはない。

2015-05-30 16.55.45.jpg
あまり急いだ感じで現れると、彼にかえって気を遣わせてしまうから、
普通電車を降りてから改札までの道程を、僕は呼吸を整えてゆっくりと歩みを進めた。

杉内は僕と同じ大学に、現役で一発合格し、
国家公務員になるため1年就職浪人をした上で、
無事希望の職に就くことのできた、四国出身の一つ年下の同級生だ。
入学式前のオリエンテーションで偶然隣り合わせに座ったことから始まった、親友だ。

彼はラフなダンガリーシャツ姿で、僕を出迎えてくれた。
そうか、そういえば今日は土曜日だったな・・・
・・・仕事をしていない僕は、曜日感覚が知らぬ間にずれてしまっていた。

「おぉ、久しぶりやなぁ。元気にしとったん?」

「ああ、大分良くなったよ。お休みなのにわざわざ来てくれてありがとね。
 そっちこそ仕事忙しくないん?」

「うーん、忙しくはないかなぁ・・・」

すっかり神戸人の彼と、エセ関西弁に戻った僕。
他愛もない会話をしながら、
震災前、いや大学卒業後からすっかり様変わりした駅東側の商店街へと、二人は歩き出した。


「お魚料理と沖縄料理、どっちがいい?」

「え~、僕、沖縄好きじゃないんよね。
 なんかあの、悲しい時にも『なんくるないさー』って感じが。
 悲しい時は素直に悲しませろ! って感じで・・・。」

「え? そうなん? 俺沖縄結構好きなんやけどなぁ~。
 大体、島根やったら魚いっぱい食べれるやん。それでいいの?」

「うんいいよ。だって日本海と瀬戸内海だったら、種類違うでしょ・・・
 ・・・って言っといて、境港直送とかってあったりしてな。」

全くもって他愛ない。
こんなことでも、二人はハハッと笑い合う。
だから親友はいいんだよな。
こういうことを全然気を遣わずに話せてね。


そして二人は、これまた全くもって普通の居酒屋に入った。
彼が同僚達とよく飲みに行っているところだそうだ。
夕方とはいえ、土曜日という幸運が重なり、
個室ではないけれど、座敷のテーブル席に通してもらえた。

彼と逢ったのは、彼が東京・霞が関で仕事をしていて、
僕が東京から離れることが決まった、5年前の3月末以来。
積もる話は当然あるけれど、まずは乾杯。

薬を飲んでいる僕を気にかけてくれる彼に、
酔いが覚めてから飲めば大丈夫と、ハイボールをグイッと口にした。
いつもは飲まないので、久しぶりのハイボール、
特に親友と飲むハイボールは、格別だ。

お料理が届く前に、お土産をキャリーバッグから取り出す。
平田名産の生姜糖と、二人のお子さんにしまねっこのコップと、スヌーピーのパペット。

「あ! スヌーピー、ちょうど今日、スヌーピーの話しとったんよ。
 いいん? こんなにもらって。俺何にも持ってきてないのに・・・。」

「あぁ、気にせんでええよ。まだ一回も会ったことないし、
 そうそう杉内くんとも、そうそう会えないでしょ。ついでよついで。遠慮せんでいいよ。」

恐縮してしまった彼に、僕はまるで遠縁のおじさんみたいに、笑顔で返した。

それからは遠慮なしの会話が続いた。
最近の僕の状態と就職活動、東京から神戸に戻ってきてからの彼の生活、
購入したマンションと利便性とか・・・そうそう、車のことも話したな。
なんでも東京転勤の際に処分してしまって、今は持ってないみたいだ。
でも神戸で彼の住むマンションからなら、
十分電車であちこち動けるから、全然問題ないようだった。

「アクセラ、ええやん。でもグレーなんやな。なんか赤い車乗ってるイメージやったんやけど。」

「やっぱりそう? ホントは赤が良かったんやけど、親が『赤は女の色だ』って反対するから、
 面倒くさくてグレーにしてやった。」

なんでも赤のスポーツカーに乗っているイメージだったそうだ。
確かに欲しい。いつかは乗りたい。
でも、モノには分相応ってものがあるからね。

「だからコレ。小物を赤だらけにしてやった。」

スマートフォンの赤い革のケースを見せて、彼を笑わせた。


刺身の盛り合わせに焼き鳥、サラダなどをちょこちょこつまみながら、話は弾む。

「なんかな、仕事辞めたいなって思ったりしてな・・・」

「え? なんで!?」

考えたらもう、彼が勤め始めてから18年目。
40歳を過ぎて管理職に就いてから、現場の仕事がめっきりと減り、
事務所内でPCに向かっての仕事や、現場管理の仕事ばかりになってきて、
楽ではあるけれど、正直つまらないらしい。

「でも、40過ぎて辞めるのは、かなりリスキーよ。」

「そうやんな。」
多少自分に嘲笑する彼。

「僕見てみ。大変なんやから。40過ぎると、ガクンと求人減るんやから。
 島根と神戸を比べるのはおかしいかも知れんし、神戸ならあるかも知れんけど・・・
 ・・・大体、今から力仕事とか夜勤とか介護とかできる?」
ちょっと本気目に、僕は彼を諭し始めた。

「そんなん無理無理。」

「・・・やろ。それに知ってる?
 大体公務員は一般企業では相手にされないって言うもん。使い物にならんって。」
あ、言い過ぎたかも知れないな・・・
・・・でも、それは僕よりもずっと賢い彼には、無用の心配だった。

「そうやんな。もう多分、この歳になったら、転職とかってまず無理だろうな。」

そう。余程活かせるキャリアや資格がない限り、
40歳を過ぎてからの一般企業への転職は、相当厳しい。
ましてや公僕として勤め続けた人が、
利益重視の民間の荒波に揉まれる程のタフさを保てている可能性は低い。
彼もまた、それを十分認識していた。僕が心配することではなかった。

「せっかく安定してきたんだし、マンションも買ったんだし、
 奥さんも子供さんもいるんだし・・・
 僕みたいに一人もんなら何やってもいいけど、それはさすがに責任果たさないと。」

「そうなんよな。やっぱりそうよな。」

繰り返し繰り返し、彼は頷いた。
自分に言い聞かせているように。

そう。何が幸せかなんて、人それぞれにあって、
幸せになればなるほど、ないものねだりになることだってある。
杉内には杉内の、僕には僕の運命があって人生があって、それを今、生きている。
だからね、今のままでいいと思うよ。
僕は彼に微笑んでみせた。

僕に遠慮してか、彼のお酒があんまり進んでいないから、
僕は率先して、飲もうって言った。
そしてまだ食べるでしょ、って食べ物も追加注文。

「海ぶどう食べたいなぁ・・・。」

「あれ? 沖縄嫌いって言ってたやん。」

「あ、そうだった。でも海ぶどうは別。」

そうやって、学生時代のどうでもいい話も、子育ての話も、
奥さんの復職の話も、奥さんの尻に敷かれていることも。
そうそう、僕が突然、小説家にでもなれたらなって言ったら、びっくりしてたっけ・・・
・・・あれこれと話しているうちに、いつの間にやら22時前になっていた。

そろそろ出ようか? どこにする? お茶かなんかにする?
そんなことを靴を履きながら話して、お店を後にした。

三宮という大都市の、しかも駅前といっても、
お酒の飲める場所以外は、結構早めの店じまいをする。
なんでも最近は、三宮も夜は風俗店が増えて、治安が良くないところが増えたとのこと。
その後入ったTURRY'S COFFEEも、
看板に何も書いていなかったのに、23時前になったら、もう閉めますって言われた。

泊めていただく先輩の仕事がまだ終わっていないこと、
それまでどこかで時間を潰さなければいけないことも話していたから、
彼はそれをとても気にしてくれた。

「大丈夫よ。最初っから予想はしとったし。
 それにあんまり遅いと、奥さんに怒られるでしょうが。」

「お前、大丈夫なん? ごめんよ、気を遣わせちゃって。」

「いいよ、いいいい。こうやって来てくれて話ができただけで、すっごく嬉しかったよ。」

「こんどは中島も一緒に飲みに行こうな。」

「ああ。僕と違って、せっかくおんなじ関西にいるんやし、
 連絡取り合って、大阪かなんか、中間地点で逢えばええやん。」

「そうやな。ありがとう、連絡先まで教えてくれて。」

「こっちこそ、ありがとう。島根にもご家族で遊びに来てよ。なんぼでもガイドやりますから。」

「ああ。行ってみたいなぁ・・・。」

大学生時代とほとんど変わらない、シュッとした男前の彼は、
これも相変わらず、物腰が柔らかくて気遣いができて・・・
・・・それでも何かを背負っているという自負と自信が見れたことが、僕はとっても嬉しかった。
僕も出遅れたけれど、君に恥ずかしくないように、
「今こんなことやってんだ」って、今度はもっと堂々と逢えるように、きっと頑張って見せるよ。

三ノ宮駅の改札まで、彼は見送りについてきてくれた。
改札を通って、僕の姿が見えなくなるまで、彼はこっちを見て、手を振ってくれた。
僕も何度も振り返って、最後まで手を振った。
また軽くなったキャリーケースを上手い具合にエスカレーターに乗せて、彼が見えなくなるまで。

5月30日土曜日 23時15分。
残り時間は、あと33時間弱。
nice!(3)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:地域

nice! 3

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。